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旧西尾家住宅

旧西尾家住宅

奈良県観光局にお勤めの<N野>さん。お仕事柄、様々な情報を送っていただいております。奈良安全索道もこの方からの情報です。
以前、棲霞園を教えていただきましたが残念ながら一般非公開。ぢゃぁってことで、旧西尾家住宅をご案内することにしました。

西尾家は江戸時代から明治2年まで、仙洞御料の庄屋を務めていた。仙洞御料というのは天皇を退位した上皇の所領地のこと。
JR吹田駅から徒歩10分。目的地が近づくとエエ感じの路地。
南側が低くなっていて、なんとなく水屋建築っぽい。



いただいたパンフレットより(Nマークは貼り付け)。


歩いているのは戌亥土蔵の外側辺り。
おそらく北側に盛土され、例にもれず主屋の北側に土蔵が配置されている。
かつてこのあたりは湿地帯で、敷地南西側の路地は以前は川だったそうだ。
その川へ直接、田舟を出すために作られた出入り口。小さいがキーストーンを備えた立派な石積アーチ。設計は武田五一。
まわりのコンクリート塀は低湿地による水害に備えたもの。



そんな路地を回り込むと表門に出る。



1400坪に及ぶ広大な敷地には主屋をはじめ、二棟の離れ、米蔵を含む三棟の土蔵、茶室、さらには温室や防火水槽まである。

とんでもない豪邸というだけでなく、電話番号が壹番!!



<す>としては5度目の訪問となり、とりあえずごあいさつ。



玄関を入ってすぐの計量部屋土間の刻印煉瓦。
矢筈張煉瓦の土間は、やはり水害に備えたもの。

ガイドさんの丁寧な説明を聞きながら邸内を見学する。
残念ながら先の耐震調査で多くの危険個所が発覚し、二階へと続く箱階段のある奥の間や電話部屋など、立ち入りが制限されているところもあったが、それでも見どころ満載なのだ。

客間の欄間。
胡粉を盛り上げて立体的に仕上げられている。



長押の釘隠しにも格式の高さが感じられる。



客間南側は濡れ縁だったが、武田五一によって増築されている。



台所のテーブルも武田五一のデザイン。
巨大な配電盤も目を魅く。



現在の主屋は11代目と12代目の時期(明治中期~昭和初期)に建築され、両人とも茶道をたしなんでおられた。
茶道藪内家の免許皆伝で、藪内家10代休々斎の指導による庭園。



石灯籠は様式を変え、22基あるそうだ。



四腰掛。
茶室へ向う客の待合となっている東屋で、桂離宮卍亭を模してある。
屋根の形が面白い。



藪内家の茶室、燕庵写しと雲脚写しを合体させた積翠庵。燕庵は古田織部、雲脚は千利休の流れを汲んでいる。



扁額は作庭を指導した休々斎によるもの。



残念ながら、ここも立入り制限されていた。

裏庭に回ると巨大防火水槽。
当時は付近にプールがなく、子供たちがよく泳ぎに来たそうだ。



植物分類学者、牧野富太郎の指導で作られた温室。
戦前までガラス張りの屋根が備えられていた。



西尾家と牧野富太郎の関係は11代目だか12代目が東京大学卒で、その頃に出会ったというらしいが、記憶があいまいで…(汗)
「今度、大阪に行きたいのだが、宿賃が…。」
「ほんならウチに来いよ。ウチ大金持ちやから。」
というふうな感じやったのかな?
牧野富太郎によって当地で発見された吹田くわいは、吹田市のイメージキャラクターになっている。



「すいたん」で~す♪

さてさて、<す>がなんで何回も西尾家を訪れているのかというと…。



ここの離れが見ものなのだ。
武田五一によるこの離れは、11代の隠居所として大正15年に建てられた。しかし、残念ながら11代はその前年に亡くなっている。
個人宅では例が少ない武田五一であるが、後妻が西尾家の養女であったという縁らしい。
外見は東棟と西棟からなる平屋の和風建築。
東棟内部はビリヤード台が備えられた応接室と、



ステンドグラスから柔らかな光が差し込むリビング。



室内では当家で生まれた貴志康一(母が西尾家出身)のバイオリンが静かに流れている。



建物だけでなく調度品や家具までが武田五一のデザインで、フロアは寄木細工。



サンルームが隣接されている。



洋の室内に対して、和の網代天井。



東棟と西棟をつなぐ廊下には船底天井。棟木に使われている根曲り杉。絶妙な曲がり具合は加工したものではなく、自然木なのだそうだ。



洋風の東棟に対して純和風の西棟。



面白いのは、洋風の東棟は尺貫法で、和風の西棟はメートル法で建てられていること。だから畳の大きさも1×2メートル。こんなヤヤコシイ設計をかたちにしたのは、武田五一の住宅建築を多く手掛けた三輪彌助という大工さん。
義父の隠居所ということで、自由な設計ができたのではないかと推測できる。

丁寧なガイドを務めてくださったボランティアのオジサンにお礼を言って、約1時間の見学が終了。



一番好きなところは、都会の真ん中にあって他に高い建物が見えない、という風景かも知れない。

一部立入り制限されていたとはいえ、何度訪れても素晴らしいです。
格式が高く贅を尽くした豪邸は、たんに「古民家」というものではなく、その時代の文化に触れることができるんですね。
11代、12代とも茶道に親しみ、西尾家には主屋に2つ離れに1つ、加えて燕庵、雲脚という5つもの茶室があります。その内、玄関先の帳場横の小さな茶室は主人専用のもので、仕事の合間に茶を点てて休憩していたそうです。
また、植物学者や建築家との交流、果ては音楽家まで輩出してしまうという豪農の暮らしぶりってどんな感じだったのでしょうか。
容易には想像ができませんが、ただ「お金持ち」というだけでなく教養人としての格式も高かったんではないでしょうか。ホンマモンのセレブって感じですね。
<N野>さんにもお気に召していただいたようで安心しました。









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~ Comment ~

No title

おはようございます。
先日はお疲れ様でした。
楽しかったですね!

話は変わりまして、この西尾家住宅は去年、丁度同じ時期に娘と自宅から自転車で訪れていて懐かしく拝見させて頂きました。立ち入り制限が有るのは残念でしたね!
でも流石<す>師匠のウンチクで改めて勉強させて頂きました(^_^)。

No title

おはようございます。素晴らしい古民家を満喫しました。
一番目についたのは、船が出る?アーチでしょうか。ほんとうに、要石が鎮座してますね。
あと、斜めに微妙にカーブした屋根。
いいですねえ。

No title

すみだんなさん、今回も色々勉強になりました。本当にありがとうございます。

奈良の依水園も是非一度おこしくださいね

No title

> kanbiさん

立入り制限があるからかどうかわかりませんが、以前より人が少なかったですね。
5回も訪問してるともしかしたらガイドさんより詳しいかも知れません~(笑)

No title

> chinuさん

ここには、まだ生活感が残っていますね。そこが好きなんです。
実は、刻印煉瓦を初めて見たのはここなんです。

No title

> よっしいさん

お疲れ様でした。
立入り制限されていたのは予想外で、定休日の魚徳さんとともに残念でした。
次は、穴虫界隈をご案内しましょうか?
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