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ちゃんと仕事もしてました

ちゃんと仕事もしてました

19日から24日まで長野県に出張してました。

雨模様の大阪を出発。



ウラヤマシイなぁ~。



約4時間のドライブで、長野県箕輪町に到着です。



現場は天竜川の近く。
雨で少し水量が多いです。



相方と合流し、この日は下見と打ち合わせだけでホテルへ。
ホテルを選ぶ基準は飲み屋に近いこと。ここは期待できます。



翌日は、ロード(レーサーではないよ)と呼ばれる自動投入装置のオーバーホールと部品交換。
16時頃に作業を終え、次の現場に移動します。全く人使いの荒い元請で、指示書には「<す>さんは20日の作業終了後、駆けつける」とあります。ご指名をいただけるのはありがたいのですが、「駆けつける」って…。





約100kmの移動で長野市到着。



長野だから涼しいと思っていたら、17時を過ぎてもこの気温。



前日と違って都会です。
ホテルで別の相方と合流。



さてさて、こちらではキャリアと呼ばれる装置の点検で、4日間の作業日が組まれているのですが、内2日は午前中しか作業ができません。
「昼から仕事できんかったらしゃぁないなぁ~」

っちゅうことで~、
観光1日目。

長野と言えば善光寺。



三門の扁額には5羽のハトが隠れていて、「善」の文字がウシの顔に見えます。



本堂は国宝です。



むむっ? 柱がねじれています。



この日の長野市の最高気温は36℃以上で、大阪に比べて空気が澄んでいるせいか、陽射しが痛いくらいです。

川中島古戦場跡に移動。



~鞭聲粛粛夜過河~
<す>の親父は若い頃、詩吟をやっていて、子守唄代わりによく聞かされたものでした。ワケがワカラン<す>は、
「弁慶がシクシク泣きながら夜に川を渡るんやぁ~」
なんて思ってました。



少し足を延ばして、松代に来ました。
こちらも戦国時代から幕末にかけての歴史的な土地なんですが、ちょっと気になる遺構を見つけました。

入場にはヘルメットをかぶらなければいけません。





松代象山地下壕。
第二次世界大戦末期、軍部が本土決戦の拠点として、極秘のうちに、大本営、政府機能をこの地に移すという計画のもとに、昭和19年11月11日から終戦の日まで建設された地下壕です。未完成ですが、全工程の約8割が出来上がっています。
多くの朝鮮人や日本人が強制的に動員されたそうですが、極秘計画のために資料が残っておらず、詳しいことはわからないそうです。

穿孔機で穴をあけ、ダイナマイトで岩盤を爆破して掘削していきます。
学生時代に「火薬学」というのがありましたが、当の先生が最初の講義で、
「めっちゃ危ないんで、必要なかったら取らんでもエエ」
と…。次から受講しなかったから詳しいことはわかりませんが、ゴルフ場の造成工事で発破作業を体験したことがあります。
抜けなくなったビットと呼ばれる穿孔機の刃物が残っています。



碁盤の目のように掘り抜かれたトンネルは、総延長10km以上に及ぶそうです。



トロッコの枕木の跡が残っています。



各トンネルの交点の天井には杭が打たれ、ここから下げ振りを下ろしトンネルの方向と水平を測量したらしいです。



天然のクーラーが効いた地下壕を出ると汗が噴き出ましたが、平和な日本が一番です。



長野駅前の蕎麦屋で遅い昼食をいただきました。



観光2日目。
この日は雨で、相方たちはパチンコに行くというので、一人で善光寺参道を散策してみました。
先ずは腹ごしらえ。仁王門近くの蕎麦屋で十割蕎麦。
蕎麦好きの<す>にとって、ウマい蕎麦を食えるのは幸せなことなのでありますね。



長野駅から続く参道は大正末期に拡幅され、沿道には当時の建物が残っています。

中澤時計本店。



善光寺郵便局。
もとは一級旅館だったそうです。





おっ、レンガや!
旧信濃中牛馬合資会社。



正調イギリス積です。
修復されたと思われる個所は平目地ですが、オリジナルは山目地のようです。



旧御本陣藤屋旅館。





仁王門で折り返します。



牛に引かれてやって来たアメリカからのお客様です。



長野市道路元標は門前にあります。



旧深澤商店。



笹本商店。



店舗のショウウィンドーは、街角の小さな博物館になっています。



<す>が使っていたのはこれ。プリンター部がエプソン社製で印字がきれいでした。早見優チャンのファンやったからではありません。



権堂地区は門前に栄えた繁華街です。



なんで「たま駅長」?



昭和チックな映画館。



長野のたま(?)が散歩していました。




さてさて、そんなこんなで「ホンマに仕事してたんか?」というような出張でしたが、後にも先にもこんなのは初めてでした。
<す>としても、ここまで余裕があるとは想像もつかず、そうとわかっていたらもっと下調べをして、アチコチ探索していたかも知れませんね。
相方からは「自転車持って来たらよかったのに」なんて…。

余裕がある分、緩みがちになる気を引き締めて、無事に作業を終え、帰還したのでありました。


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~ Comment ~

No title

そうなんですよね。
大阪よりは断然涼しいだろうと思って田舎の方へいくとめちゃ暑かった。
私にも経験あります。

でも楽しい時間が持てて良かったですね。

No title

> KIHARUさん

それでも山には雪渓が残ってたりしました。
やっぱり標高を稼がないとダメみたいですね。
以前、京都・北山から市内に下る時、標高が下がると気温が上がるのを体感しました。
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