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す的なボラボラポタ

す的なボラボラポタ

2014/08/13 (WED)
 
ミューズの掲示板にアップしましたが、「誰も来てへんやろ」と思いつつ集合場所に行ってみると、なんと<I>さんが来られていました。
<I>さんは「300kmくらいはヘのカッパ」という鉄人で、「逆に引きずり回されるんちゃうか」という不安を感じつつ走り出しましたが…。
 
 
先ずは大阪城へ。
 

 
大坂の陣400年? 今回の目的はそこではない。
 
旧第四師団司令部。
 

 
爆風でずれた天守の石積み。
 

 
機銃掃射の弾痕。
 

 
旧大阪砲兵工廠。
手前のものは、残滓と思われし鉄の塊。
 

 
終戦の日も近いということで、太平洋戦争の遺構を探索してみた。
 

 
特に深い意味もなく、ハナシはいきなり横道にそれる。
 
大阪市公館は売却されたんやろか…?
 

 
桜宮橋の階段塔。
桜宮橋同様、武田五一の設計によるこの階段塔は見た目は四角形だが、
 

 
らせん階段を有する内部は八角形。
 

 
大好きな商店街をボラボラして~、
 

 
ハナシはいきなり本題に戻る。
 
8度にわたる大阪大空襲は、全て終戦の年に行われている(昭和20年3月13日~8月14日)。
 
旧長柄橋・弾痕。
 

 
南方高架橋・機銃掃射痕。
 

 
数年前に戦争遺構を知るきっかけとなった、柴島浄水場・弾痕。
 

 
近くまで来たので、その後の赤川仮橋に寄り道。複線化工事中。
 

 
ネット検索と地図でだいたいの位置は抑えてあるが、現地での探索が続く。
最近このテの探索に慣れてきたのか、住宅街の隙間にそれらしき構造物を発見。
 
西淡路・高射砲台跡。
住居に使用されていて、不法占拠ということで取り壊されると聞いていたが残っていた。
付近にも関連施設と思われるコンクリート建築物があり、ウロウロ探索してると<I>さんが、
「<す>さん、怪しい~ッ!!」
 

 
大阪金属神崎川航空精機製作所。
「大阪金属」は現在の「ダイキン」。ちなみに「大阪発動機」は「ダイハツ」。
今はオシャレなレストランに改築されている。
 

 
昼食後、このポタリングに至った本来の目的地を目指す。
 
国道を走るより川沿いの方が気持ちイイ。
 

 
豊中球場跡。
 

 
豊中球場は大正2年に建設。陸上競技場としても使われ、日本フットボール優勝大会(現・全国高等学校サッカー選手権大会、現・全国高等学校ラグビーフットボール大会)の会場となった。大正4年には、第一回全国中等学校優勝野球大会(現・全国高等学校野球選手権大会)が開かれた。
「甲子園」、「国立」、「花園」のルーツである。
余談ではあるが、以前の高校サッカーは「国立」でなく、長居陸上競技場で行われていた。
 
外壁の赤レンガが残っている。
 

 
なんで豊中球場やったかというと、夏の大会開催中、8月15日正午には黙祷が捧げられ、幼い頃、何となくそれが「戦争」につながった記憶がある。
「訪れるならこの時期しかない」
もちろん、赤レンガも目的であることは言うまでもない。
 

 
っちゅうことで、伊丹空港に寄り道した後、
 

 
阪神尼崎駅近くの寺町へ。
 
尼崎信用金庫記念館(大正10年築)。
 

 
寺町界隈のお寺のレンガ塀。
 

 
オランダ積みと、
 

 
イギリス積みが混在している。
 

 
阪神電車関係の建物。
 

 
いつまでも癒されていたいが…。
 
北野高校・機銃掃射痕が残る校舎の壁面。
教員や生徒が犠牲になった。
 

 
見返りトミーくんにご挨拶して、
 

 
ちょっとだけ赤レンガして(なんでずれてるんやろ?)、
 

 
鷺洲5丁目、JR神戸線高架下・機銃掃射痕。
 

 
堂島大橋・焼夷弾跡。
当時、敷かれていた木製タイルが焼夷弾で炎上。69年経った今でも焼け跡が残っている(欄干下部の黒ずみ)。
 

 
昭和橋。アーチブレース部の凹みは投下された焼夷弾によるもの。
 

 
さてさて、残る戦争遺構はひとつ。
事前の検索で「人形劇団事務所のとなり」ということで探索してみたが見つからない。その辺のジィチャンに訊いてもわからない。運良く交番があったので尋ねてみた。
対応してくれた婦警さんは頭の左斜め45度くらいから声を出して、
「~ッ!?」
見かねたお巡りさんが、
「聞いたことある」
と言いながら地図で説明してくれた。
確かに人形劇団のとなり。検索でヒットしたのは新しい方の事務所で、こちらは古めかしい文化住宅に入居している古い方の事務所。
で、そのとなりには…。
 
南加賀屋・防空壕跡。
 

 
両親から聞いた戦時中の話が頭をよぎる。
「焼夷弾が落ちてくる時は花火みたいやった」
 
 
<I>さんとは、ここでお別れしました。
別れ間際に個人的趣味に付きあっていただいたお礼を言い感想を伺いました。
「こんなに戦争の爪痕が残っているとは思わなかった。特に砲台跡には驚いた。歴史の勉強になった」
と、うれしい評価をいただきました。
 
国家機密法とか集団的自衛権とか時代を逆戻りしているような我が国ですが、臆病者であるがゆえの平和主義者である<す>としては、世界が平和であることを願って止まないのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
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~ Comment ~

No title

時々コンクリートの壁に見かける穴は機銃掃射の跡なんですね。知らなかった・・・・・
大阪は昔から都会だったから空襲も激しかったんでしょうね。

私の両親は昭和初期の生まれで戦争体験者ですが、戦争の話を聞く度に私には耐えられないなぁと思いました。
そういう人がほとんどの現在の日本ですから、戦争なんかになったら、すぐ滅亡してしまうでしょうね。
集団的自衛権とか云いますけど、誰が自衛すんねん?って感じですよ。自衛隊の人はがんばっているんだろうけど、日本はアメリカのいいなりだからどうしようもないですね。かといって、独自に軍隊を持って兵力を増強するのも嫌だし。
中国や韓国に攻め入られてもあっという間に占領されてしまうでしょうね。

No title

すごい盛りだくさんでしたね。I本さんと一緒だったからこんなに回れたのかな?
これは、終戦記念日ランとして企画してもすばらしいと思います。

No title

大日如来さん

私が一番思うのは、先の戦争で「何のために戦っているのか」ということをどれだけの人が認識していたかということです。
日本人にしてもアメリカ人にしても「戦っている」というより「戦わされている」という人の方が多かったのではないかと思うのですね。
「お国のため」という言葉に洗脳されていたのではないかと思うのです。

No title

MOMOさん

I本さんは「またレンガかぁ~?」と、ちょっとマイっておられたようです~(笑)

来年は終戦70年なので、ミューズで企画してみましょうか?
あっ、その時レンガは外しますよ。

No title

これは読み応え有りましたわ。
戦争遺構で機銃掃射痕とか気がつきませんでした。
結構、残ってるんですね。

あっ!走り応えの方を感心するべきだったでしょうか?

No title

にもさん

戦争遺構って忘れられているところがありますね。高架下の機銃掃射跡なんかは普通の生活道路で、案内看板さえありません。
「戦争を知らない子供達」にとって、昭和ヒトケタ生まれの両親の話を聞くと、先の戦争って意外と身近なところにあったんだと気付かされます。

走行距離は大したことないですが、暑さが堪えました~。
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